大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

岡山地方裁判所 昭和32年(行)7号 判決 1963年1月30日

原告 日下正一

被告 岡山県人事委員会

主文

原告の請求はいずれもこれを棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一、当事者双方の申立

一、原告の申立

主位的請求として

被告が原告に対し昭和三二年八月七日付で同年同月九日なした原告の被告に対する被告委員会議事録閲覧請求を却下した処分は無効であることを確認する。

予備的請求として

被告が原告に対し昭和三二年八月七日付で同年同月九日なした原告の被告に対する被告委員会議事録閲覧請求を却下した処分はこれを取消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

との判決を求める。

二、被告の本案前の申立

原告の請求はいずれもこれを却下する。

訴訟費用は原告の負担とする。

との判決を求める。

三、被告の本案に対する申立

原告の請求はいずれもこれを棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

との判決を求める。

第二、当事者双方の事実上の陳述

一、原告の請求原因

(一)  原告は昭和二二年五月三日から岡山県事務吏員として勤務していたが、同二七年四月二二日付でその頃訴外岡山県知事三木行治から依願免職処分を受けた。しかし原告は同知事に対し退職を願い出たことがないので、同二八年一月一八日付をもつて被告に対し右免職処分について不利益処分の審査を請求したところ、右請求は同年二月四日受理され、現在被告委員会に審査係属中である。

(二)  原告は右審査請求の当事者として、同三二年七月二二日被告に対し、同二八年一月二二日から同日までの被告委員会議事録のうち原告請求の前記審査手続に関する部分の閲覧を請求したところ、被告は同年八月九日、同年同月七日付文書により「当該議事録中には貴殿の審査関係のみを別綴したものはなく、他の人事関係の秘密に属するものも収録されているので閲覧を許可することはできない」との理由で原告の右請求を却下した。

(三)  しかしながら被告の右却下処分は次の理由により無効であるか、または少くとも取消されるべきである。

(1) 右処分は原告の被告に対する議事録閲覧請求権ひいては不利益処分審査請求権ないし公開審理請求権を違法に侵害するものである。

被告委員会は地方公務員法七条一項にもとずいて設置され、同法八条により当該地方公共団体の職員に対する不利益な処分を審査し、必要な措置をとる等の権限を有するものであるが、その目的が地方公務員の利益保護にあるところから、準司法機関として秘密主義を排し公開主義を旨として審査手続を運用し、かつそれを議事録として記録しておく義務がある。しかして国民殊に意に反して不利益な処分を受けた当該地方公共団体の職員は同法四九条四項、五〇条一項により人事委員会に対し公開による公平かつ適正な審査および救済手続を請求しうる権利ないし法律上の利益を有し、かつ右権利ないし利益を適切充分に行使しうるために人事委員会に対し当然その審査に関する議事録の閲覧を請求しうるものというべきである。なぜなら「人事委員会の議事は議事録として記録しておかなければならない」とする同法一一条三項の規定の趣旨は行政権の濫用を防ぎ不利益処分の審査を含むその議事が適法に行われたことを明らかにし、併せて審査請求者その他の利害関係人に救済を求める機会を与えることにあり、従つて右当事者が請求するときは必ずその審査手続を公開しなければならないとの原則が認められる限り右当事者は法令の規定をまつまでもなく当然にその審査に関する議事録の閲覧請求権を有するというべきであるからである。

かりに右議事録閲覧請求権は当然には認められず、これを許容する旨の法令の規定をまつて認められるものであり、かつ被告委員会議事規則中にはその規定がないとしても、議事録は公衆の閲覧に供しなければならない旨を規定した人事院会議及びその手続に関する昭和二四年一月一五日人事院規則二―一は被告委員会議事規則における右規定の欠缺を補充するものと解すべきであるから原告は右規定にもとずいて被告に対し議事録閲覧請求権を有するものというべきである。

そうとすれば、被告は法令上これを拒否しうる旨の規定がない限り原告の前記閲覧請求を許可しなければならないのに、何ら法令上の根拠なくしてなされた被告の本件却下処分は原告の被告に対する右議事録閲覧請求権を侵害し、ひいては公開審理請求権ないし不利益処分審査請求権の適切かつ充分な行使を不可能ならしめる違法があるから無効であり、または少くとも取消されるべきである。

(2) 本件却下処分は地方公務員法五一条、岡山県人事委員会規則六号「不利益処分に関する審査に関する規則」二〇条に違反してなされたものである。

被告は地方公務員法八条四項によつて法律または条例にもとずきその権限に属せしめられた事項に関し人事委員会規則を前定することができるが、同法五一条によれば不利益処分の審査請求および審査の手続ならびに審査の結果とるべき措置に関し必要な事項は人事委員会規則で定めなければならない。

ところで被告が同法八条四項にもとずいて制定した岡山県人事委員会規則六号「不利益処分に関する審査に関する規則」二〇条には「この規則に定めるものを除く外、処分の審査の請求及び審査の手続並びに審査の結果とるべき事項に関し必要な事項は人事委員会が定める。」と規定されており、右規則には議事録閲覧に関して何らの規定もないので、被告はこの点に関して何らかの決定をなすべき義務があるのにこれを懈怠し、法令上何らの根拠もなく原告の請求を却下した被告の本件却下処分は地方公務員法五一条ならびに前記規則二〇条に違反するから、右処分は地方自治法二条一四項、一五項により無効であるかまたは取消さるべきである。

(3) かりに被告に右決定義務がないとして、前記岡山県人事委員会規則には議事録閲覧について規定しなければならないのに何ら規定をしないのでこの点同規則に違法があり、従つてまた本件却下処分は法令に定める手続によらないで原告の被告に対する議事録閲請求権を奪つたものであるから、憲法三一条の趣旨に照らして無効であり、または少くとも取消されるべきである。

(4) 本件却下処分は理由なくしてなされた行政処分であるから取消されるべきである。

被告が原告の議事録閲覧請求を却下した理由は、前記のとおり原告が閲覧を請求した議事録中には他の人事関係の秘密に属するものも収録されているから閲覧を許可できないというものであるが、人事に関する専門的中立的行政機関としての被告委員会においては他の行政機関におけると異り法律上人事関係の秘密事項などありうるはずがないのみならず、そこにいう「他の人事関係の秘密」とは何を指称するものか明らかでなく、具体性を欠くから却下の正当な理由とはなりえない。かりに他の人事関係の秘密に関するものがあるとしても、原告が閲覧を請求した議事録は原告の不利益処分審査に関するもののみであつて、他の人事関係に関するものではないから原告の請求を却下する理由とはなりえず、しかも被告は原告が昭和三一年四月二七日なした本件と同旨の議事録閲覧請求に対して同年五月九日これを許可していることに照らしても、被告の本件却下処分が正当な理由なくしてなされたことは明らかであるから、本件処分は取消されるべきである。

以上いずれの点からしても本件却下処分は無効であるか、少くとも取消されるべきものであるから、これが無効確認を求め、もし右請求が認められないときはこれが取消を求めるため本訴請求におよぶ。

二、被告の本案前の申立の理由

原告の請求原因事実中原告が昭和三二年七月二二日被告に対し、原告の被告に対する不利益処分審査請求事件に関する議事録の閲覧を請求し、被告が同年八月九日、同年同月七日付文書をもつて原告の右請求を原告主張の理由で却下したことは認める。

しかしながら、右却下処分の無効確認ないしは取消を求める原告の本訴請求はいずれも不適法として却下されるべきである。

すなわちおよそ行政訴訟の対象となる行政処分は国民の権利義務に具体的な効果(権利関係の変動)をおよぼす行政庁の行為でなければならないところ、原告の主張する本件議事録閲覧請求却下処分は左記の理由で行政訴訟の対象にはなりえない。

(一)  人事委員会の議事に関し必要な事項は地方公務員法一一条四項により同条一ないし三項に定めるものを除くほか人事委員会が定めることになつているところ、右規定にもとずいて制定された昭和二六年六月一二日岡山県人事委員会規則一号岡山県人事委員会議事規則には議事録の閲覧を許容した規定が存しないから、原告は法令上被告に対する議事録閲覧請求権を有するものではない。

(二)  また原告主張の人事院規則二―一は国家公務員法にもとずいて制定されたものであるのに対し、人事委員会規則は地方公務員法にもとずいて制定されたものであつて法律の根拠を異にし、一方の規定が他方の規定の欠缺を補充するという関係ではない。のみならず、人事委員会議事録は人事院会議議事録とは左記の点においてその記載事項が本質的に異なつて、公衆の閲覧には供しえないものである。

(1) 人事院は国家公務員法三条三項に規定された権限のうち同法一二条六項各号に規定する権限を行使する場合には人事院の議決を経なければならず、その議事はすべて議事録として記録しておかなければならないものであるところ、同項各号の規定自体によつて明らかなように、人事に関する秘密に属するもの、または公開することによつて人事院の権限の行使に支障を生ずるおそれのあるような事項は含まれていない。

(2) これに反して被告委員会は地方公務員法八条一項各号に規定されたその権限に属する事務処理のすべてについて人事委員会の議事に付し、かつその議事をすべて議事録に記録するとともに、議事録には関係資料等を添付している現状にあるのであつて、右記録事項ならびに添付資料中には委員会の決定後といえどもなお秘密に属するもの、または公開することにより委員会の権限の行使に支障を生ずるおそれのあるものが含まれているので、これを公衆の閲覧に供することはできないのである。

以上の次第で原告は被告に対する議事録閲覧請求権なるものを有しないのであるから、被告が原告の本件議事録閲覧請求を拒否しても何ら原告の権利に異同をきたすことにはならない。したがつて本件却下処分は行政訴訟の対象となる行政処分ではないというべく、これが無効確認ないし取消を求める原告の本訴請求は不適法として却下されるべきである。

三、請求原因に対する被告の答弁ならびに主張

(一)  請求原因(一)の事実中原告は岡山県知事に対し退職を願い出たことはないとの点は否認するが、その余の事実はすべて認める。

(二)  同(二)の事実はすべて認める。

(三)  同(三)の事実中原告主張の岡山県人事委員会規則六号に議事録閲覧に関する規定が存しないこと、被告が原告の昭和三一年四月二七日付議事録閲覧請求を同年五月九日許可したことはそれぞれ認めるが、その余の主張はすべて争う。原告主張のように被告が原告に議事録の閲覧を許可したことがあるが、その事情は原告と被告との間の岡山地方裁判所昭和三〇年(行)第五号行政処分取消請求事件の準備手続期日において、係裁判官の勧告もあつたので右事件に関連する部分のみに限つて任意閲覧させたものである。しかし原告が被告に対する議事録閲覧請求権を有するものでないことは被告の本案前の申立の理由欄に記載したとおりであり、また被告委員会の議事録中には他の人事関係の秘密に属し公用しえないものが含まれていることも同欄(二)の(2)項に記載したとおりであつて、被告の本件却下処分は正当な理由にもとずいて適法になされたものであり、何ら原告の権利を侵害するものではなく、また審査の公平適正を害するものでもない。したがつて本件却下処分には何らかしはなく、当然無効でもまた取消されるべきものでもない。

第三、証拠関係<省略>

理由

一、被告の本案前の申立についての判断

原告が昭和三二年七月二二日被告に対し、原告の被告に対する不利益処分審査請求事件に関する議事録の閲覧を請求したこと、被告が同年八月九日、同年同月七日付文書をもつて原告の右請求を却下したことはいずれも当事者間に争いがない。

被告は、被告の右却下処分は行政訴訟の対象たる行政処分ではないから、これが無効確認ないしは取消を求める原告の本訴請求はいずれも不適法として却下されるべきであると主張するので考えるのに、地方公務員法一一条三項によれば、人事委員会の議事は議事録として記録しておかなければならず、同条四項によれば、人事委員会の議事に関し必要な事項は同条一項ないし三項に定めるものを除く外人事委員会が定めるとされているところ、人事委員会の議事録閲覧については地方公務員法にはもちろんのこと同法一一条四項にもとずいて制定された昭和二六年六月一二日岡山県人事委員会規則一号「岡山県人事委員会議事規則」にもこれを許容した規定はなく、他にこれを許容する法規も存しない。

しかしながら、人事委員会制度が設けられた趣旨を勘案するときは、不利益処分審査の請求者は審査手続の当事者として、審査の結果とられるべき措置の正当なることについてはもちろんのこと、その審査手続が適法公正になされることについて重大な利害関係を有し、審査手続に違法または不公平な点があれば審査手続内においてこれが是正を求め、あるいはすゝんで人事委員会の審査の結果とられた措置につき司法裁判所に救済を求めるにあたり、審査手続におけるかしを指摘して審査の取消または変更を求めることができるものと解すべきであるから、原告は被告人事委員会の議事録閲覧を請求するにつき法律上保護されるべき利益を有するというべきである。してみれば、被告人事委員会規則に議事録閲覧に関する規定がなくても被告委員会は事務に支障を来すなど特段の事由がない限り利害関係人に対し当該人事委員会の議事録を閲覧させ得るものと解すべきであるから、原告の議事録閲覧請求を却下した被告の本件処分は行政訴訟の対象たる行政処分であるというに妨げないというべく、従つて被告の本案前の申立は理由がない。

二、本案についての判断

原告は昭和二二年五月三日から岡山県事務吏員として勤務していたが、同二七年四月二二日付で訴外岡山県知事三木行治から免職処分をうけたこと、そこで原告は同免職処分について同二八年一月一八日付をもつて被告に対し不利益処分の審査を請求し、右請求は同年二月四日受理されて現在被告委員会に審査係属中であること、原告が同三二年七月二二日被告に対し被告委員会議事録のうち原告請求の前記審査手続に関する部分の閲覧を請求したところ、被告が同年八月九日、同年同月七日付文書により「当該議事録中には原告の審査関係のみを別綴したものはなく、他の人事関係の秘密に属するものも収録されているので閲覧を許可することはできない」との理由でこれを却下したことはいずれも当事者間に争いがない。

ところで、原告は被告委員会の議事録閲覧を請求するについて法律上保護されるべき利益を有することは被告の本案前の申立についての判断において説示したとおりであるが、被告は右の請求があつた場合には必ずこれを許容しなければならない旨の規定が存在しないのみならず、県人事委員会の議事録には不利益審査に関するものに限らず、広く地方公務員法八条一項各号に掲げられた事項についての人事委員会の議事が記録され、その記録事項のうちには、当該記録を公開することにより人事委員会の権限の行使に支障を生ずるおそれがあるものも含まれているから、その閲覧請求を許可するかどうかの決定は被告委員会の自由なる裁量に委せられているものと解するのが相当である。これに反する原告の所論は独自の見解として当裁判所の採用しないところである。

しかして、被告の本件却下処分が前記のような理由に基くものであつてみればそれが自由裁量の範囲を逸脱したものと認むべきではないし、他にこれを認むべき資料も存しない。もつとも、原告が昭和三一年四月二七日本件と同旨の議事録閲覧請求をなしたのに対し、被告が同年五月九日これを許可して原告に閲覧させたことは当事者間に争いがないが、この事実の故に本件却下処分が自由裁量の範囲を逸脱したものということはできない。

してみれば、被告が原告の議事録閲覧請求を却下した処分の無効確認ないしは取消を求める原告の本訴請求は、原告その余の主張について判断するまでもなく、いずれも理由がないこと明白であるから失当としてこれを棄却すべきである。

よつて訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 池田章 広岡保 金野俊雄)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例